2018年07月29日

昭和と同じ…国会は一度狂えばどこまでも狂う人の集まりだ 怒怒哀楽劇場 井筒和幸氏・映画監督? 監督はYP体制は欧米の謀略だをご存知ないのでは?

 昭和と同じ…国会は一度狂えばどこまでも狂う人の集まりだ 怒怒哀楽劇場 井筒和幸氏・映画監督http://www.asyura2.com/18/senkyo248/msg/401.html在日とか言われる井筒監督、多くの韓国人、在日の人たちが思い込んでいる歴史の真実、実際を知らずに妄言を繰り返しているのじゃないの?戦後の欧米らのYP体制を知らないようだ?

 以下は井筒監督の言い分に対するコメントの一部だ、井筒監督も、読者諸兄も読んで頂ければ幸いだ。

 7. 2018年7月28日 18:26:59 : 1tNbEwENeU : wES0s3awf6s[1]

 >首相以下、戦争指導者の面々は本当はどう思っていたんだか。「もう終結させよう。和平交渉だ」となんで皆で声を上げなかったのか
歴史無知の反日左翼の戯言。

1945年7月のポツダム会議の前から日本政府は和平を求めている意向を、繰り返し示していた。

ヤルタ会議が1945年2月に催されたが、その翌月に、日本の重光葵外相が東京駐在のスウェーデン公使と会って本国政府に和平の仲介を求めるように要請した。

ここから進展はなかったが、日本が和平を求めている決意をはっきりと示したものだった。

日本は原爆投下の2週間前にソ連に対して和平の明らかな意向をもっていることを知らせていたが、トルーマンも、バーンズ、スティムソンも、日本の外交電文を傍受解読して、承知していた。

>最後の原爆の悲劇を回避できなかったのか

そもそも、ポツダム宣言が出されたのは1945年の7月26日だが、トルーマン米大統領が日本への原爆投下を命令したのはその2日前の24日である。

ポツダム宣言を拒絶したから原爆を落とされたのではない。

フーバー大統領は回想録のなかで、占領下の日本を訪れた時にマッカーサー元帥と3回にわたって、余人をまじえずに会談したが「日本との戦争をもたらした事について、ルーズベルトという狂人(マッドマン)1人に責任があった」と述べたところ、「マッカーサーも同意した」と、回想している。

 9. 2018年7月28日 18:40:56 : NFKoC28uaI : AFcE@X3o3iY[9]

 このようなヒトデナシの自民党・公明党(カルト日本会議=カルト統一教会+カルト創価学会)が選挙で常に勝ち続け、権力を握り続けるという異常さに気付くべきだ。
相手は憲法をも否定するカルト集団である。ヒト564でも何でもやる。公文書の改竄・票の改竄など当たり前である。
>今の自公のやり方を見よ 「次の選挙で落選する可能性」を考慮に入れてると思うか?
https://www.reddit.com/r/tikagenron/comments/6ca5pf/

>「擬似民主主義」 https://www.reddit.com/r/tikagenron/comments/5abnsb/

12. 2018年7月28日 21:00:31 : Qn1vExxrrI : 3mREA4kmapw[1]

 原爆投下までの経緯。
■1945年2月4日
ヤルタ会談
[ルーズベルト(米)・チャーチル(英)・スターリン(ソ連)の首脳会談]

ドイツ敗戦の2・3ヶ月以内にソ連は日本に宣戦し、 その見返りとして、ソ連に南樺太と千島列島を与えると、密約が交わされる。
(この時、日本とソ連は日ソ中立条約を結んでいる。つまり、これはソ連が日本を裏切るという密約だ)

■4月12日 
ルーズベルト大統領、急死。
急遽、副大統領のトルーマンが大統領に就任する。

■4月25日 
この日、トルーマン大統領は、マンハッタン計画(原爆開発秘密計画)の責任者であるスチムソン陸軍長官から、「原爆」の詳細を知らされる。
トルーマンは、「最も恐るべき爆弾だ!(ザ・モースト・テリブル・シング!)」と感想を述べた。 

そして、トルーマンはこう考えた。

@ 「ソ連は、東ヨーロッパ・中国へ勢力を拡大するだろう。これはアメリカにとって脅威であり、早晩、米ソ関係は崩壊するであろう」
戦後は、アメリカが世界のリーダーになるべきだ。 そこで、ソ連を震え上がらせる武器が必要になる。それこそ原爆だ。

A 「原爆を開発するために20億ドルもの巨額の予算をつぎ込んでいる。この秘密を議員や国民たちは全く知らない。もし、議会で『税金の無駄遣いだ!』と追究されたら、困るな」   
だから、原爆を実戦で使用し、その威力を示すことで「勝利のために、原爆は必要な兵器なのだ」と認識させなければならない。 

【トルーマンの結論】
何がなんでも、日本に原爆を投下しなければ。

 13. 2018年7月28日 21:05:26 : Qn1vExxrrI : 3mREA4kmapw[2]

 トルーマンは、どのようにして日本への原爆投下を実現したのだろうか。
■5月8日
ドイツ降伏
→ソ連、いよいよ対日参戦への準備を開始。

◇トルーマンは「ソ連は、いつ日本に宣戦布告するのか」知りたかった。

なぜなら、ソ連が日ソ中立条約を一方的に破って日本に侵攻すれば、すでに疲弊している日本はすぐに降伏してしまう。日本が降伏してしまったら、原爆投下のチャンスがなくなってしまうからだった。

つまり、原爆を落とすタイミングを掴みたかったのである。

■5月28日
トルーマンは、特使ハリー・ホプキンスをソ連に派遣し、スターリンから対日参戦の予定日を聞き出させることに成功。
ドイツ降伏の3ヶ月後(8月8日)だった。

■一方で、トルーマンは米英ソ3か国首脳によるポツダム会談を7月15日頃としていた。この頃、英国首相チャーチルは、会談の早期開催を何度も申し入れていたが、トルーマンは、すべて拒否した。

なぜなら、原爆の完成を待っていたからである。

■5月31日
「バーンズ・プラン」が決定(国務長官バーンズの名前から)

内容
@できるだけ早く日本に対して原爆を使用する。
A目標は都市とする。
B事前警告をしない

■7月16日
アメリカ、原爆実験成功

■7月17日
ポツダム会談

トルーマンは、スターリンから「対日参戦は8月15日前後」と聞き出す。→これでソ連の参戦前に原爆が落とせると確信した。

トルーマンは、妻への手紙に「これで日本はおしまいだ」と書いている。

■7月24日
トルーマン、原爆投下命令書を作成

■7月26日
「ポツダム宣言」を発表(日本への降伏条件を提示する)

 14. 2018年7月28日 21:08:04 : Qn1vExxrrI : 3mREA4kmapw[3]

 「ポツダム宣言」には仕組まれたカラクリがある。それが分かるとトルーマンの策略がはっきりする。 「ポツダム宣言」は、最初の草案を変更した。

変更内容
@共同署名国から「ソ連」を削除した。
A第12項にあった「天皇の地位の保持」を丸ごと削除した。

◇@ソ連の名前をなぜ削除したのか。

「ポツダム宣言の署名国からソ連をはずしておけば、日本はソ連がアメリカとの仲介に立ってくれるものと期待し続けるだろう」と考えたからだ。
(とはいえ、日本はすでに戦争終結の準備を進めており、ソ連に終戦の仲介を依頼中であった。)

◇A「天皇の地位の保持」をなぜ削除したのか。  

知日派の元駐日大使ジョセフ・ グルーは、
「日本人が一番大切にしているのは天皇である。これまでのような『無条件降伏』要求では日本人は最後の一人まで戦うだろう。天皇の地位さえ保障すれば、日本は必ず降伏を受け入れる」と、政府首脳に強く説いていた。
       続くーーー以下省略
posted by てんぐゆうたろ at 09:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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