2013年09月25日

大阿闍梨、酒井雄哉さんが人を、他人を救ったと言う話を寡聞にして聞かないがそんなに褒めそやす人だったのでしょうか?

 彼、大阿闍梨、酒井雄哉さんが人を、他人を救ったと言う話を寡聞にして聞かないがそんなに褒めそやす人だったのでしょうか?
                   2013年09月24日19:53

 2度の荒行達成、酒井さん死去
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=2588671

 結論から言って、大阿闍梨、酒井雄哉さんから救われた人がいるのだろうか?

 私は酒井雄哉さんの話を二回聞いた。 またテレビでも見た。

 一回でも難しいと言われる千日回峰、それを二回も達成は称賛に値するのは言うまでもない事だが、彼、酒井雄哉さんから癒しなり、救済されると言う事は得られないし、救われると言う事はない。

 彼の話は自分が難行し如何にして千日回峰をしたとか、そんな話ばかりで、彼から得るものは何もなかった。

 難行易行と言うのが仏教にあるが、難行は密教系で、易行は法然、親鸞ららの念仏だと言われる。

 酒井雄哉さんは戦後は職を転々としたが、結婚2カ月の妻が自殺したことなどをきっかけに39歳で得度した。と言う事だが世捨て人で、世俗から逃げた人だと私は話を聞いた時に思ったものだ。

 彼は比叡山に逃げ込んで、自分は救われたかもしれないが、難行である千日回峰を二回したとのことだが、彼からは人を、他人を救うと言う話も無く、千日回峰の苦労の話をあれこれ話しただけで、中身も無く、他人を救うような言葉を聞かないし、NHKのテレビで密教の本山でもある中国の黄山に登っている酒井雄哉さんの映像を見たが、これさへも弟子に背中を押して貰ってと言った調子で、この人、何の為に黄山に行ったのかと疑問に思ったものです。

 そのような人を何故、世間が、テレビが、NHKらが褒めそやすのか私には理解出来なかったと言うのが正直な思いである。

 彼、酒井雄哉さんが人を、他人を救ったと言う話を寡聞にして聞かないがそんなに褒めそやす人だったのでしょうか?

 亡くなられたことには心からご冥福を祈ります。がーーー、亡くなった人を褒めるべきが筋ですが、こんな風に思うのは私だけだろうか?

 時に

 橋下徹だ、安倍晋三だとNHKや大マスコミらが取り上げず、報道しなくなったら維新の会も、自民党も終わりです。
http://tengunosasayaki.seesaa.net/article/365224748.html

 維新の会も、民主党と同じで、世間からも相手にされないでしょう。 もう橋下徹だとマスコミが取り上げなくなったら維新の会は終わりです。
                 2013年06月04日07:47

 <株も、為替も、何事も、何人もNHKや大マスコミ、テレビ、大新聞、雑誌らが囃している時がハナ、取り上げなければ全て消えて行くものだし、話題にもされません!>

            続く―――以下省略

 と書いていた通りで、何事も、何人もNHKや大マスコミ、新聞、テレビ、雑誌などが囃している時がハナで、マスコミ、テレビなどが囃さずと言うより取り上げなければ瞬く間に忘れ去られるものです

 斯くの如く、酒井雄哉さんもNHKや大マスコミらが取り上げていた時がいろんな場所での講演会など催され、時の人のような時がありましたがマスコミらが取り上げないようになったら酒井雄哉さんだけでなく誰でも、何でも忘れ去られるもので、やがて忘却の彼方に忘れ去られるものです。

 橋下徹だ、安倍晋三だと今騒がれているが酒井雄哉さんより彼らの方が儚いものではないだろうか?

 以下は「2度の荒行達成、酒井さん死去」のニュース記事です。

 > 比叡山の荒行「千日回峰行(せんにちかいほうぎょう)」を2度達成した天台宗大阿闍梨(だいあじゃり)の酒井雄※(さかい・ゆうさい)さんが23日、心不全のため死去した。87歳だった。通夜は26日午後6時、葬儀は延暦寺一山葬として27日午後0時半、大津市坂本6の1の17の生源寺(しょうげんじ)。葬儀委員長は山本光賢(こうけん)延暦寺副執行(しぎょう)財務部長。自坊は大津市坂本本町4239の飯室不動堂長寿院。喪主は弟子の藤波源信(ふじなみ・げんしん)大阿闍梨。(※は「哉」の「ノ」を抜く)

 1926年、大阪市生まれ。旧制中学を卒業後、鹿児島県で特攻隊員として終戦を迎えた。戦後は職を転々としたが、結婚2カ月の妻が自殺したことなどをきっかけに39歳で得度した。73年に90日間、堂にこもって念仏を唱えながら堂内を歩き続ける「常行三昧(じょうぎょうざんまい)」を達成した。

 80年10月には、比叡山中など計約4万キロのコースを7年かけて徒歩で順拝し、このうち9日間は不眠、断食などをする「千日回峰行」を達成。その半年後には2度目の挑戦を開始し、87年7月、60歳で満行した。千日回峰行は比叡山に伝わる修行で、これまで計50人が達成しているが、2度目の達成は、記録が残る織田信長の焼き打ち(1571年)以降で3人目だった。

 90年に15年ぶりに下山し、講演活動などを通じて社会問題にも積極的に発言。自身が修行で体験した人間の極限状況を基に、教育問題や日本人の心のあり方を論じ、多くの人々の共感を呼んだ。

 著書に「生き抜く力をもらう」(共著)「がんばらなくていいんだよ」などがある。
posted by てんぐゆうたろ at 20:36| Comment(3) | 社会、歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
救われた人はたくさんいます
表に出ていないだけですよ
一昨年まで、一般の方とも面会され
相談のお手紙にも返事をされてました。
先生を必要としている、心の病を持った方々は
お話を聞いただけで救われるのです
必要としているか否かがポイントです
Posted by 匿名 at 2013年09月26日 09:18
顕蜜、大日如来の密教は自力本願で自己研鑽で自分で体得し、悟らないと救いがないものです。一方の顕教、浄土宗、浄土真宗のように他力本願と言うか南無阿弥陀仏と唱えると阿弥陀様に救われるの考えが正当かと思います。
阿闍梨のどうだこうだの体験談を聞いて救われる?には私には理解しかねます。
Posted by 天狗佑太呂 at 2013年10月02日 05:19
他人のことはどうでもよいではありませんか。あなた自身が救われていないような雰囲気が伝わってきます。
Posted by クルス at 2015年09月13日 20:33
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